純ニッケルはその耐腐食性や熱安定性の高さから、さまざまな産業分野で広く利用されています。しかし、純ニッケルは優れた特性を持っているがゆえに加工性には難があり、トラブルなく切削加工をおこなうには確かなノウハウが必要です。今回は純ニッケルの基礎知識を踏まえ、種類や用途、加工性、切削加工時のポイントを解説します。
「純ニッケル」という名のとおり、純度の高いニッケル(Ni)のことです。ニッケル含有割合99.0%以上のものが純ニッケルと呼ばれます。耐食性に優れた金属で、特にアルカリ溶液やハロゲンガス環境に対して高い耐性を示します。さらに、純ニッケルは導電性や溶接性についても優秀です。しかし、ニッケルは人体にアレルギー反応を引き起こす可能性があることにも留意しておく必要があります。
純ニッケルの融点は1450℃前後で、キュリー点(磁性が消失する温度)は約360℃です。また、比重は8.9 g/cm3、30-300℃の温度範囲における熱膨張係数は14.5 × 10-6 /Kとなっています。純ニッケルは体積抵抗率が9 × 10-2 μΩ・m程度であるため、導電性にも比較的優れている金属です。
純ニッケルの引張強さや硬度といった機械的性質は種類によって数値が異なります。通常の工業用純ニッケル(ニッケル200)を例にすると、引張強さは380 N/mm2以上、伸びは30~40%程度、硬度は90~160HBです。他の代表的な金属と引張強さに関して比較した場合、純鉄や純アルミニウムより優れ、純チタンやジュラルミン(アルミ合金)と同等、炭素鋼やステンレス鋼には劣ります。
純ニッケルの主な種類としては「ニッケル200」と「ニッケル201」の2つがあります。それぞれの該当規格はASTM(UNS N02200/UNS N02201)、ASME(UNS N02200/UNS N02201)、JIS(NW2200/NW2201)です。以下、純ニッケルの種類について解説します。
ニッケル200は代表的な工業用純ニッケルです。合金成分を含まない鍛造ニッケルで、耐食性や機械的性質に優れています。用途によっては、磁性や磁力抑制特性、熱伝導性、電気伝導性といったニッケル200の特徴を十分に活用できるでしょう。軟らかく延性があり、加工硬化しにくいため冷間加工にも適しています。加えて、はんだ付け性や溶接性も良好です。
ニッケル201は炭素含有率を最大0.02%に抑えた工業用純ニッケルです。グラファイトの析出を防ぐことで315℃以上の高温環境でも腐食に耐えることができ、高い安定性を発揮します。そのため、高温で耐腐食性が求められる機器類にはニッケル201がよく採用されています。ニッケル201は電気伝導性や熱伝導性、磁性特性、溶接性といった特性についても、ニッケル200と同程度に優れる金属素材です。
化学工業向け耐食性金属材料として、ニッケル200とニッケル201以外にも成分が異なる純ニッケルが存在します。具体的には「ニッケル205」や「ニッケル212」、あるいは「Aニッケル」「Dニッケル」などと呼ばれるものです。これらの純ニッケルでは、組成調整により電気・電子用途での性能向上を図ったり、マンガン(Mn)を添加して強度を高めたりしています。
純ニッケルは、その耐腐食性や耐熱性、電気伝導性といった特性から、非常に多くの分野で利用されています。ここでは、純ニッケルの主な用途を紹介します。
純ニッケルは苛性ソーダなどの強アルカリ、あるいは硫酸などの強酸に対する耐腐食性が高いため、化学工業分野で欠かせない金属素材です。化学薬品の製造プラントや化学物質を扱う設備部材などに利用されています。
純ニッケルは電気伝導性や熱伝導性が高いことから、電気・電子部品の製造にも使われています。携帯電話や電池の端子部品、基板のリードフレーム、耐熱端子など、私たちの身の回りにある製品の多くに純ニッケルが使われています。
純ニッケルの耐熱性や耐腐食性、強度の高さは、航空機や自動車などの輸送機械にも求められる特性です。エンジン部品や構造材料のほか、車載センサ耐食部品などにも純ニッケルが活用されています。
建築物や硬貨、食品加工など、私たちの生活に深く関わる様々な製品にもニッケルが使用されています。たとえば調理器具やカトラリーには、食品の酸による腐食防止のために耐腐食性の高い純ニッケルが活用されています。しかし、金属アレルギーを引き起こす場合があるため、人体に直接触れるような用途での純ニッケルの使用には注意が必要です。
分野 | 活用される特性 | 用途例 |
化学工業 | 耐腐食性 | 薬品プラントの部材 |
電気・電子部品 | 電気伝導性、熱伝導性 | 携帯電話や電池の端子部分 |
航空宇宙・自動車産業 | 耐熱性・耐腐食性・強度 | 自動車のエンジン部品、航空機の構造材料 |
その他 | 耐腐食性、耐熱性、光沢 | 鍋やフライパン、建築物の装飾部分、硬貨 |
引っ張り強度や硬さ、耐熱性に優れるため、各種産業分野での用途が広がっている純ニッケルですが、加工性はどのようなものでしょうか。
純ニッケルは延性に優れるため、プレス加工や絞り加工に向いている金属です。比較的柔らかいので成形加工性は良いとされていますが、その柔らかさがネックになるケースもあります。特に精密さが必要な部品加工では、形状変化が起こらないよう注意しなければなりません。
切削加工においては、ニッケルは難削材のひとつとして数えられています。切削加工をおこなう際は刃物や工具の摩耗対策をする必要があります。
溶接加工に関しては、MIG溶接とTIG溶接のどちらも容易です。ただし、高温環境下で使用される場合には、高温腐食を避けるためにスラグをしっかりと除去しておくことが重要になります。
一般的な鋼材やアルミニウムに比べると、純ニッケルの切削は難易度が高い加工です。ここでは、純ニッケルの切削加工における注意点とポイントについて解説します。
純ニッケルの切削加工では溶着に注意しなければなりません。ニッケルは粘り気が強い上に熱伝導率が小さいため、加工点に切削熱がこもります。工具への熱影響が大きくなり、結果として溶着が発生しやすくなるのです。溶着を抑えるには油性のクーラントを掛けるなどの対策があります。
純ニッケルを切削加工する際には、工具の選定と切削条件の設定が適切におこなわれることが重要です。工具については高速鋼やセラミックスなどの超硬工具で、超耐熱合金にも対応可能な難削材用のインサート(チップ)を選ぶとよいでしょう。切削速度や送りのスピードなどの切削条件を最適化するには、ある程度の加工経験が求められます。工具寿命と寸法安定性、作業効率のバランスがとれるようになるには、熟練の技術が必要です。